世界50ヵ国の、ハイクオリティで洗練されたインディペンデント系ホテルだけで構成されるホテルコミュニティ「Design Hotels」。
Design Hotelsのアジアパシフィック部門バイスプレジデントであるジヌ・パーク氏をファシリテーターに迎えた、シンガポールの敏腕ホテリエ、ローリック・ペン氏との対談、「アジアを牽引するホテリエたちが語らう」。後編では、その地域に根ざす、唯一無二のホテルづくりにおいて大切なことを紐解きます。

中:ジヌ・パーク(Jinou Park)
Design Hotels アジアパシフィック部門バイスプレジデント
米・コーネル大学のホテル経営学部でMBA取得。インターコンチネンタルやヒルトングループで、レベニューマネジメントやマーケティングに携わった後、2017年より現職。デザインホテルズがパートナーに連なる「AHEAD Awards アジア部門」では審査員を務めている。

右:ローリック・ペン(Lou Lik Peng)
Unlisted Collection Hotels and Restaurants 創業者兼オーナー
1974年アイルランド・ダブリンにシンガポール人の両親のもと、生まれる。ヨーロッパ、アジア、オーストラリアに6軒のブティックホテルと16軒のレストランを所有。国内外でも著名な実業家であり、米『Forbes』、『Business Times』などでも特集され、『The Japan Times』が選ぶ、「アジアの次世代リーダー100人/2017-2018」にも選出された。

活気づく、世界のデザインホテルシーン

パーク氏:
ペンさんは、本当の意味でインディペンデントに、シンガポールの新しいホテルシーンを切り拓きましたよね。その後の世界的なホテルシーンの変化を、どのように感じていますか?

ペン氏:
何よりもまず、全体的なクオリティが格段に上がりましたよね。ロンドンの〈The Soho Hotel〉(*1)などが、ホテルのクオリティを引き上げたと思います。アジアでは、10年前はクオリティの良いホテルを見つけるのは難しかったものですが、シンガポールを見ても、〈The Warehouse Hotel〉(*2)ができるなど、業界はより活気にあふれています。

*1
The Soho Hotel:ロンドン中心部、多くのレストランやクラブ、ライブハウスなどが存在し、カルチャー牽引の地として多くの人々で賑わうソーホーに位置するホテル。それぞれ、異なるインテリアコーディネーションが施された91室の客室を擁し、「Design Hotels」ホテルコミュニティにも加盟。

*2
The Warehouse Hotel:ロバートソン・キー地区に位置するデザインホテル。総客室数37室で、“ゴーダウン”と呼ばれる、1895年に建てられた歴史ある倉庫建築をリノベーションしてつくられた。国内で数多くのレストランを手がける「The Lo & Beholdグループ」が運営を担っており、館内のレストランにも力を入れている。

パーク氏:
確かにそうですよね。そうした中で、日本にはまだデザインを重視したホテルが少ないかと思います。ですので、TRUNK(HOTEL)の話を聞いた時は、素晴らしいと思いました。

TRUNK(HOTEL)に関して、実際の建築過程には、さまざまな人たちが携わっていると思います。野尻さんはどのくらい関わったのですか?

街のキャラクターに合わせた、ホテル建築の考え方

野尻:
僕は2つアイディアを出しました。ひとつは、建築家、インテリアデザイナー、ランドスケープデザイナーに、コンセプトである「ソーシャライジング」(*3)をどのように表現するか、徹底的に考え抜きたい。と伝えました。

そしてもうひとつ伝えたのは、「渋谷」を表現して欲しいということ。TRUNK(HOTEL)の建築自体は4階建てになっていて、これは、4つの谷と山でできている渋谷の街を表現しています。

*3
ソーシャライジング:TRUNK(HOTEL)のコンセプト。「一人ひとりが日々のライフスタイルの中で、自分らしく、無理せず等身大で、社会的な目的を持って生活すること」を目的に、建築や内装、インテリア、アメニティなどに、ストーリーのあるアイテムを選び、活用している。

<TRUNK(HOTEL)>

ホテルのある渋谷・キャットストリートは、長い間、ファッション、音楽、アートなど、日本の新しいカルチャーを発信し続けてきたところです。そうした渋谷ならではの地域性を、デザインに取り入れています。

ペン氏:
建築を街にマッチさせるんだね。

ホテルづくりは、ディテールではなく、大枠のクレイジーなアイディア出しから。

パーク氏:
ペンさんはどうですか?デザイン面には参加しますか?

ペン氏:
僕もデザインには参加します。ホテルをつくる時は普通、部屋の大きさをどのくらい、宿泊料は1泊いくら、など時間をかけて準備する項目がいくつかありますが、僕はそのような細かい枠組みは一切取り払い、まずはアイディアを練るんです。

美しくなくてもいい。5つ星ホテルだとか、クールなホテルだとか、そんなこともどうでもいい。まずはできるだけクレイジーなアイディアを出します。建築家がそれまでつくったことのないようなもの、人が見たことのないようなものをつくりたいのです。

パーク氏:
聞いているとなかなか難しいように思いますが、思ったようにでき上がりますか?

ペン氏:
でき上がりますよ。文化財に手を入れるのは、反対意見もあるので勇気がいりますが、〈The Old Clare Hotel〉、〈Town Hall Hotel & Apartments〉など、いずれもとても洗練された、納得のいく仕上がりになりました。

ホテルのなかにも、その街のソウルフードを。

パーク氏:
ホテルにとって重要な要素のひとつに「食」がありますが、TRUNK(HOTEL)では、食についてはどのように考え、提供していますか?

野尻:
東京は、渋谷は渋谷、六本木は六本木と、それぞれの街が異なった個性を持っています。TRUNKはそれぞれの街のキャラクターを生かすことをコンセプトとしているので、街ごとに、何がそこの「ソウルフード」なのかを見極め、その「ソウルフード」に情熱を注いでいる人を探し出し、コラボしています。

<TRUNK(HOTEL)>TRUNK(KUSHI)では、渋谷の焼肉の名店〈炭火焼肉 ゆうじ〉の店主である、樋口裕師氏がフードディレクションを担当。

パーク氏:
食についてもやはり、街へのマッチを意識していると。「ローカライズ」させているということですね。ペンさんは、自らのホテルをローカライズさせることは意識していますか?

” 本当に良いもの”を作れば、ローカルにも響く。

ペン氏:
僕の場合、その地域のランドマーク的な建物を改装したホテルが多いからか、それらに変化を加えることに違和感を覚える人がいるのも事実です。

ロンドンに〈Town Hall Hotel & Apartments〉を開業した時は、「地域社会のために建てられた区民ホールをホテルにするなんて信じられない」、という意見もありました。

<Town Hall Hotel & Apartments>

しかし、本当に良いものをつくると、ひとたびオープンすれば人気のスポットになり、年月が経つにつれ、その姿がローカルの間で定着します。周辺の雰囲気にも良い影響を与えるしね。

それに、ホテルに関わる仕事は、スタッフ、警備員など多岐に渡るので、地域の人にさまざまな雇用の機会を与えることもできるから、理念の部分だけでなく、実利の面でも貢献できます。

自らの足を使い、地道にローカルの今を掘り下げる。

パーク氏:
なるほど。ローカル化は今やホテルづくりの常套手段とも言えますが、これを一歩進んだものにするには、どのような方法があると思いますか?

野尻:
渋谷にTRUNK(HOTEL)をつくるにあたって、私たちは1年かけて、とにかく街を歩き、街に接すること、住民とコミュニケーションをとることを大切にしました。

すると、地元で作っている特産品であったり、クラフトマンシップであったり、色々なものが見えてくる。同時に、その街の課題も分かるから、私たちは、地域の問題解決の提案をすることにも挑戦していこうと思っています。

例えば、渋谷区には障害者サポートのプログラムが多くあって、私たちはそのいくつかと協力した商品も作っているんです。サポートプログラムを通じて生産されるチョコレートやクッキーなどのパッケージをTRUNKのクリエイティブチームがデザインし、ホテル内のストアで販売しています。こうして私たちならではの手を加えることによって、多くのお客様にお求めいただいています。

ペン氏:
素晴らしいことをしているんだね。

パーク氏:
徹底的に地域とコミュニケーションをとるということですね。

野尻:
その地域に深く深く入り込むことで見えてくることはたくさんある。私は、その土地に深く関わる覚悟が、唯一無二のホテルをつくるために必要だと思っています。東京を愛し、深く理解しているからこそ、TRUNKは東京以外には考えられないんです。

パーク氏:
今日は皆さんのホテルづくりへの情熱が聞けて本当に良かったです。
野尻さん、東京にTRUNK(HOTEL)がもっと増えることを期待していますよ!
さてさて、インタビューはこのくらいにして、飲みに行きませんか?!

ペン氏:
良いですね!

野尻:
ぜひ!今日はどうもありがとうございました。

アジアを代表するホテリエたちが語る
【前編】はこちら

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