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2019.12.24

TRUNK(HOUSE)ができるまで Vol.1 野村訓市×野尻佳孝 特別対談 後編

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まるでエアポケットのように、周囲の喧騒とは無縁の静かな街並みを残す神楽坂。
黒い板塀が迷路のように続く小径の中に、小さな案内に気づかなければ見落としてしまいそうなほど周囲に馴染んで、ひっそりとTRUNK(HOUSE)がある。だが一歩足を踏み入れると、紛れもない今の“東京”が展開されている。一言では言い表せない多様な価値観を内包する空間がいかにして生まれたのか。

TRUNK代表・野尻佳孝の“遊び仲間”であり、内装を担当したTRIPSTER代表の野村訓市氏との対談によって詳らかにしていく。後編は、「山路」との出会いと、神楽坂にTRUNK(HOUSE)が生まれた背景について語ってもらった。

TRIPSTER:
1999年より辻堂西海岸で海の家「SPUTNIK」を企画運営していた小笠原賢門氏、野村訓市氏、山田航氏の3人によって2004年に設立。現在、永田理氏をチームに加え、案件ごとにプロジェクトチーム編成し、国内外の様々な店舗設計及び建築ディレクションを手掛けている。 

野尻:
最初は訓市とラブホテルを探していたんだよね。あれこそ、東京の価値だろうと。ラブホテルを面白く再構築できたら、東京の価値を表現できるだろうなと話していた。

野村氏:
でも思った以上にラブホテルの物件がなかったんだよね。風呂もでかくて、カラオケまでできるという(笑)

野尻:
そんな時、神楽坂のかくれんぼ横丁っていうところに面白い物件があると聞きつけて、すぐに見に行った。それが「山路」。上がらせてもらったとき、この2階の縁側に一目惚れしたね。

野村氏:
この風情は本当に素晴らしい。腰掛けて日向ぼっこしたいって俺も思った。

野尻:
これほどの贅沢はない。だから、この風情を残しながら、これまでやったことのない面白いことを考えようっていうのが二人のスタートだった。

野村氏:
東京に住んでいるローカルの人間がいいっていうところが、外国から来た人たちも面白いと思うに決まっている。それに自分が面白いと思っているところじゃないと、連れて行きたくないよ。だって自分たちだって何度も同じ街に行っていると、「お前らのいつも食べている美味いものを食わせろ!」ってなるから。やっぱりそれが一番嬉しいんだよ。だから自分たちが遊んでいるように、この場所も面白くしたかった。

この一帯は風紀地区だから周囲にスナックは一軒もない。「だったら作っちゃおう!」って。でも音が漏れたらいけないから完全防音。結局、建物中にもうひとつ建物が入っているくらいに壁が分厚くなったんだよね(笑)
普通は「面白いね、やろうよ」ってなってもコストを考えたらやめてしまう。でも、野尻くんは「いや、いくっしょ」みたいな(笑)おお、いいんだって。

野尻:
中途半端だと遊べないと俺は思っているからね。遊びからいろんなものが生まれたりもするじゃない?俺は、気持ちのいいところで振り切って遊んでいる時間が、活力の地盤だったりするから。
先日もこのTRUNK(HOUSE)で世界中のホテルオーナーを集めてカンファレンスをしたんだけど、みんなすごく盛り上がって「自分たちの街で、こういうホテルを作りたい」って帰って行った。すごく刺激的だったね。どこ行ったって同じホテルに泊まるより、こっちの方が楽しいって気づいたんだと思う。

ここは何かが生まれやすい場所になってくれているんだと思う。なぜなら振り切っているから。風呂だって、普通の古民家は1階だけどここは2階。通常じゃありえないんだよ。木造では絶対支えられないでかい風呂だからね。

野村氏:
風呂も新築が丸々ひとつ入っているようなものだからね(笑)

野尻:
訓市が振り幅を広げて、我々が中途半端じゃなく振り切ったからこそ、いろんな創造が生まれる場になったんだと思う。ここで商談したこともあるけど、二次会では背広の人たちが上着脱いで、肩組んで歌って(笑)

TRUNK(HOUSE)が目指すのは「TOKYO SALON」。神楽坂って、戦後は政治家やいろんな分野の活躍した人々が芸者遊びとかしながら酒を酌み交わしたり、時には日本の未来について熱い議論がされたりしながら、たくさんの文化が育まれた場所なんだよね。
だから、ここもかつてのそれに似た空気で、東京を面白く遊ぶ人たちが夜な夜な集って、この場所を起点にエネルギーが生まれる現代版の「サロン」になれたらいいなって思っている。

野村氏:
結局一緒なんだよね。昔は芸妓さんの三味線で歌ったり踊ったりしていたのが、今はカラオケとディスコになって。遊び方が少し変わっただけで、根っこは一緒。

野尻:
東京を面白くしたいって訓市とはいつも話している。TRUNK全体のコンセプトは「TOKYO PLAY」っていうんだけど、これまでにないモノを生み出し続けて、東京の観光価値をもっと高めるような存在になれるといいなと思っている。

野村氏:
「PLAY TOKYO」じゃなくて「TOKYO PLAY」っていうのが大事。「東京で遊ぼう」って国が展開するクールジャパンと同じで、わかってないやつらの偏った目線。外国人に受けそうでしょっていう下心しか見えない。
でも、ローカルの人間が「東京を遊ぶ」ものを作れば、結局、外国人も面白がるんだよ。神楽坂の物件って言われた時には、別に遊んでいる街でもないからなと思ったけど、この物件を見て、俺の友達を連れてきてどんちゃん騒ぎするための最高のものが作れたら、絶対に日本人でも外国人でも、友人達は等しく面白がるだろうと思った。
東京が主語なんだよね。東京人が遊ぶっていうことだから。それは悪いけど、よその人たちにはできないことだから。

野尻:
俺も東京人だから、東京で遊んできて、自分たちが面白いって思えない場所じゃなきゃダメなんだよ。古民家のリノベーションって、日本で流行っているでしょ? 外国人向けに。そういう案も最初はあったの。でも訓市が「気持ちはわかるけど、それだったら俺たちは心底面白いって思えないよ」って。そこから方向転換だよね。

野村氏:
ただし、外見は一切いじらなかった。それは街に対するリスペクトがあるし、空気を引き継ぎたかったからっていうのもある。多分、地元の人たちはここで何が行われているのかわからないと思う。前の芸者さんの稽古場だった時代の看板も全部そのまんま。でも、「知らなきゃわからない」っていうのが東京じゃないですか(笑)

野尻:
おかげさまでオープンして数ヶ月、あそこはなんなの?っていう声が巷で上がりはじめたのは本当にありがたいことです。ここに遊びに来てくれた東京人達の持ち帰る言葉が「俺らももっと遊ぼうぜ」。言い方は悪いけど、ここ、馬鹿げてるじゃないですか(笑)でも「TOKYO PLAY」を思いっきり表現しているでしょ?
だからここに来て感化されて、「俺たちもなんかやろうぜ」って企みを描く人たちがいてくれるのは、すごく嬉しい。

野村氏:
俺は野尻くんにクラシックなホテルもやってほしい。休日なのに子供たちは制服で行くような、代々引き継いでいくようなホテル。写真館が付いていて大事な節目に訪れるような場所も作ってほしい。

野尻:
そうだね、訓市に背中を押してもらって神楽坂でこれだけ振り切れたから、クラシックホテルにも挑戦してみたいよ。

野村氏:
ここが完成して引渡しの時に縁側でみんなで日向ぼっこしながらボケッーとしたじゃない? やっぱり昼間っからこんな場所でのんびりできるのは、最高の贅沢だった。何もしないでダラダラしたいって久しぶりに思ったよ。

野尻:
それを東京人が感じられるって嬉しいよね。ずっとここにいたいなってみんなで座り始めて、これが東京だよなって。

野村氏:
自然と酒が欲しくなって、コンビニで缶ビール買ってきたもんね(笑)

前編はこちら
TRUNK(HOUSE)ができるまで Vol.1 野村訓市×野尻佳孝 特別対談 前編

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