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2018.11.28

アジアを代表するホテリエたちが語る【前編】彼らをホテルづくりに突き動かす情熱とは?

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世界50ヵ国の、ハイクオリティで洗練されたインディペンデント系ホテルだけで構成されるホテルコミュニティ「Design Hotels」。
加盟に際してデザインやストーリー性など高い基準を設けるDesign Hotelsが、現在日本国内でパートナーシップを結ぶホテルは3軒。その中でも、東京で唯一のホテルがTRUNK(HOTEL)です。
野尻のシンガポール訪問を機に、同じくDesign Hotelsに加盟しているシドニーの〈The Old Clare Hotel〉、ロンドンの〈Town Hall Hotel & Apartments〉などを手がける、シンガポールの敏腕ホテリエ、ローリック・ペン氏との対談を敢行。Design Hotelsのアジアパシフィック部門バイスプレジデントであるジヌ・パーク氏をファシリテーターに迎え、前編では、2人のホテルづくりにかける熱い思いを掘り下げました。

中:ジヌ・パーク(Jinou Park)
Design Hotels アジアパシフィック部門バイスプレジデント
米・コーネル大学のホテル経営学部でMBA取得。インターコンチネンタルやヒルトングループで、レベニューマネジメントやマーケティングに携わった後、2017年より現職。デザインホテルズがパートナーに連なる「AHEAD Awards アジア部門」では審査員を務めている。

右:ローリック・ペン(Lou Lik Peng)
Unlisted Collection Hotels and Restaurants 創業者兼オーナー
1974年アイルランド・ダブリンにシンガポール人の両親のもと、生まれる。ヨーロッパ、アジア、オーストラリアに6軒のブティックホテルと16軒のレストランを所有。国内外でも著名な実業家であり、米『Forbes』、『Business Times』などでも特集され、『The Japan Times』が選ぶ、「アジアの次世代リーダー100人/2017-2018」にも選出された。

ウェディング事業を出発点に始まった、野尻のホテルビジネス。

パーク氏:
ではまず、なぜお2人がホテルビジネスを始められたのかについてお聞きしましょうか。

野尻:
私は26歳の時、ウェディングビジネスの会社〈テイクアンドギヴ・ニーズ〉を起こしました。日本では、ホテル業の収益は、ウェディングが半分、宿泊が半分を占めており、2つのビジネスには深いつながりがあるので、ウェディングビジネスをするにあたってはホテルビジネスも学ばないといけないのです。

はじめはそんなきっかけで、会社設立3年後からホテルへのコンサルティング事業を始めました。現在でも20のホテルのコンサルティングに携わっていて、例えば、著名な外資系ラグジュアリーホテルでもテイクアンドギヴ・ニーズのスタッフがそのホテルのユニフォームを着て働いています。

そして、2003年には自らホテルビジネスも始めると発表し、事業開発を進めていたのですが、2008年のリーマンショックの影響で、延期せざるを得なくなりました。

ペン氏のホテル第一号〈Hotel 1929〉が及ぼした、街への変化。

ペン氏:
僕は元々弁護士でした。弁護士になった頃は、アジア通貨危機の真っ只中。不動産が叩き売りされていたことを目の当たりにし、文化財のショップハウス(*1)を購入したんです。

僕が最初につくった〈Hotel 1929〉は、シンガポール初のデザインホテルでもあったんです。その頃のシンガポールでは文化財をホテルにする人などいなかったので、とても面白い仕事でしたよ。

〈Hotel 1929〉があるケオンサイクロードという通りは、オープンした2003年当時は、通りの80%が売春宿という赤線地帯でした。

*1
ショップハウス:植民地時代のマレー半島に多く建てられた、西洋、中華、マレーの様式を折衷したスタイルの、1階が店舗、2階が居住部分になった建築。

パーク氏:
それを皮切りに、その周辺にレストランも複数オープンさせましたよね。他にも有名なレストランやバーが次々に加わって、今ではエリアの雰囲気はすっかり変わりました。〈Hotel 1929〉がそのきっかけをつくったのですね。

〈Hotel 1929〉

ホテルづくりに情熱を注ぐのは、”東京への愛”ゆえ。

パーク氏:
野尻さんは、現在のホテルのお客さんや、地域との関係性をご覧になって、次のステップはどのようなものにしようと考えていますか?

野尻:
これまで、海外への進出の話もいただきましたが、TRUNKは東京にフォーカスすることを考えています。東京の中には、渋谷や六本木などの面白い街がある。それらにマッチしたホテルを、これから作っていきたいです。

パーク氏:
なぜ東京なのですか?

野尻:
それは、東京への愛ゆえですね。私は東京で生まれ育ったので、様々な東京を知っていて、深く理解している。海外の大都市に進出するホテルは多いし、それに興味はあるけれど、まずは東京でしかできない、唯一無二のホテルを作りたいと思っています。

パーク氏:
TRUNK(HOTEL)に注いだ個人的な情熱はあるのですか?

野尻:
言い表すのは難しいのですが……。リーマンショックを機に、人々の価値観は変わりました。以前は、人々が求める豊かさはお金でした。しかし、リーマンショック後には、本当の価値は、社会とのつながりや人と人とのつながりにあると気づいたと思うのです。

それ以前ももちろん、”人とつながりたい”という欲求はあったのだけど、機会やソリューションが少なくて、行動できていない人が多かった。だから、TRUNK(HOTEL)は、人びとが社会とつながれるような機会や接点を、たくさんつくれるようなものにしようと考えました。

未来へつなぎたいのは、建物が積み重ねてきた歴史やキャラクター。

パーク氏:
ペンさんは、ホテルづくりへどんな情熱を注いできましたか?

ペン氏:
古い文化財をリノベーションし、未来をつなぐことに大きな情熱を注いできました。〈The Old Clare Hotel〉、〈Town Hall Hotel & Apartments〉はやりがいがありましたね。ちょっとお金をかけ過ぎてしまう時もあるのですが、達成感こそが自分へのご褒美なのです。

〈The Old Clare Hotel〉CLARE ROOM

パーク氏:
歴史のある建物であることの他には、どんな建物に惹かれますか?

ペン氏:
キャラクターのある建物が好きですね。必ずしもきれいにリノベーションできるものでなくても良いんです。逆にあまりに美しさを追求したものには惹かれないですね。

特にシドニーの〈The Old Clare Hotel〉が気に入っています。2011年だったかな、19世紀の醸造所だった建物を使ってホテルをやらないかという話がきて。建物は気に入ったものの、貧しい人々の生活の場になっていてコンディションは悪かったし、他に何もないところで、これを改装するなんて何年かかるのか、こんな場所で何ができるのか、と思い、その時は断ったんです。

しかし1年後にもう一度見に来てくれないかと電話がかかってきて、やはりこの建物に魅力を感じたので、やることに決めました。

実現する? ペン氏の手がける東京のデザインホテル。

野尻:
面白いですね。ところでペンさん。日本の古い建物に、興味はありませんか?

ペン氏:
東京は好きなんだけど、コネクションもないし、機会がなくて。

野尻:
東京の周辺にはリノベーションのポテンシャルのある温泉宿が結構あるんです。ペンさんに是非日本の温泉をリノベーションして欲しいな。情報をたくさん持っているから紹介しますよ。

ペン氏:
それはすごいね。それなら是非ともやりたいな! 現代風の温泉を作るのは面白そうだ!

アジアを代表するホテリエたちが語る
【後編】はこちら

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